最近の話題 2011年10月8日

1.ニュートリノは光より速いか?

  9月23日に,CERNから約730km離れたイタリアのGran Sasso研究所(LNGS)まで飛ばしたニュートリノの速度を測定した結果,その所要時間は光速より約60ns速かったという結果が報じられました。どのような測定が行われたかに関しては2011年9月25日のマイコミジャーナルの記事が詳しいと思います。

  これに関して,2011年10月7日の日経新聞が,CERNのDirector-General(所長)のRolf Heuer博士が,「非常に驚き,疑いを抱いている」と述べたと報じています。

  光の速度測定の場合は,終点で折り返して往復の時間を測るようにすれば,一つの時計で出発時刻と到着時刻が測れるので問題が少ないのですが,ニュートリノでは反射させられないので, 今回の測定のように出発点と終点が730km離れ,それぞれ別の時計で出発時刻と到着時刻を測ることになります。従って,この2つの時計の時刻が合っていることが重要です。

  基本的には同じGPS衛星の電波を受信して時刻を合わせるのですが,このようにして得られた時刻を原子時計と比較すると最大60ns程度の ふらつきがあります。このため,スイスのCERNとイタリアのLNGSで同一の衛星の電波を同時に受信し,両方にある原子時計の時刻に対する進み遅れを受信時刻のずれとして補正するという方法を使っています。この方法で は,2万km上空のGPS衛星から見ると,地上の730kmしか離れていない2点はほとんど同一方向であり,電離層の状態は同じとみなせ,電波の到達時間は同じと想定しています。

  このシステムは数年をかけて開発したもので,時刻のずれは1ns程度と言っています。また,ドイツの研究機関が原子時計を運んで,両者の時刻ずれを測った結果は2.3±0.9nsで,時刻ずれは小さいという 結論になっています。

  この時刻合わせに関して,ロンドンのImperial CollegeのContaldi氏のレターでは,原子時計を運ぶ方法では十分な精度が得られないと指摘しています。一般相対論では重力場も時間の進み方に影響を与え,CERNとLNGSでは時間の進み方が同じではない。CERNから原子時計を運ぶときに車で運んだか,飛行機かなども原子時計の進み遅れに影響する。おおまかな計算では,LNGSに4日間くらい置くとCERNの時刻から30nsくらいずれることになると指摘しています。

  ということで,Contaldi氏は時刻合わせに問題があるのではないかという指摘ですが, 基本的にGPS信号で時刻合わせを行っており,原子時計の進み遅れは大きく累積しない構造だと思います。従って,測定された約60nsの時間差をこれだけで説明するのは苦しい感じがします。Heuer所長の発言は,日経の記事では理由が 書かれておらず,相対論のこれまでの成功と,今回の実験の難しさを考慮した一般的なコメントではないかと思われます。

2.脳内の動画映像の読み取りに成功

  2011年10月7日のマイコミジャーナルが「米国の研究チームが脳の中の動画映像を外部に取り出すことに成功」と題する記事を報じています。

  視覚皮質のニューロンの活動状態を,血液の流量や酸素濃度のfMRIによる測定で代表させ,この測定値から視覚皮質の各部の活動レベルの特徴を抽出するモデル(空間-時間的フィルタ)を開発しています。今回の実験では,まず,100万クリップの映像を被験者に見せて,視覚皮質の活動レベルの特徴を記憶したデータベースを作っておきます。そして,このデータベースには含まれていない映像クリップを見せ,その時の視覚皮質の活動状況からデータベースの中のマッチ度の高い映像を選び出すという方法で,脳が感じている映像を推定するというものです。

  これは,ある意味では,音声認識や手書き文字の認識などと同じであり,特徴抽出やマッチング方法を改善していけば,原理的にはうまく行くと思います。

  カリフォルニア大バークレイ校のGallant教授のグループの研究で,この記事のもとになった論文の第1著者は大阪大学から移られた西本氏です。

  実験ではLCDゴーグルで見せた映像に対して,脳内の活動パターンからどんな映像を見たのかを推測しているのですが,脳が同じように活動しているなら,見ている夢も推定できるかも知れません。ただし,UCBのWebページでは,可能かも知れないが,それが正しい推定であるかどうかを証明することは非常に難しいと書かれています。確かに,「私が見たのは,こんな夢では無かった」と言われたら,水掛け論ですよね。

  また,犯罪などを目撃した人の脳から,その映像を抽出して捜査に役立てるという用途に関しては,人間の記憶は曖昧で,矛盾していると思われる点は記憶を修正してしまうということも知られており,脳から抽出した映像を証拠にすることはできないだろうと述べられています。

  マイコミの記事の読者の感想は,「すごい,夢を録画したい」という前向きの人と,「恐わ〜」とか「ヤバー」という人と2極化という感じです。技術的には,センシングに大がかりなfMRI装置を必要とするので,近い将来には,本人が知らないうちの脳の中の映像が読み取られるようになる可能性はないと思いますが,センシング技術が進むと,頭の中で妄想していることが勝手に読まれてしまうという時代が来ないとも限りません。そうなると「恐わ〜」とか「ヤバー」です。勿論,プライバシーの侵害などを起こさず,マシンインタフェースや医療など,人間の役に立つ用途に限定してうまく使っていくのは政治や国民 (の常識ある行動)の責任ですよね。

  

  

  

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