最近の話題 2012年8月25日

1.AppleとSamsungの特許侵害訴訟はAppleの大勝利

  2012年8月25日のCNETの報道によると,iPhoneとGalaxyの特許侵害訴訟は,8月24日にSan Jose地裁で判決が言い渡され,$2.7Bの損害を申し立てたAppleに$1.05Bの損害を認定するという結果になりました。一方,$400Mあまりの損害を申し立てたSamsungの主張は認められませんでした。

  実は,Hot Chips参加のためシリコンバレーに来ていて,カーラジオを聞いていると,ほぼリアルタイムで裁判の状況を流していました。

  この判決に対して,SamsungはAppleの主張は特許法を曲げるもので,この判決は選択の自由を制限し,米国の消費者にとっての敗北というコメントを出し,上級審で争う姿勢を示しています。

  この判決は9人のJury(日本の裁判員にあたる)が判断したとのことですが,特許の請求項目の内容を理解して,それに抵触するのかの判断は素人には非常に難しく,裁判長のLucy Koh氏は140ページのサマリードキュメントをjuryに配ったという報道がありましたが,140ページでもそれを読んで理解するのは大変です。

  審議時間は21時間とのことで,本当に詳細に理解して特許侵害が判断されたのかどうか心配になります。Apple側の弁護士は,こんなに早く,判決が出るとは予想していなくて,ポロシャツとGパンで出廷していたそうです。

  しかし,こんな裁判の裁判員に選ばれてしまうと災難ですね。

2.D-Waveが81qubitのタンパク質フォールディングの論文を発表

  2012年8月22日のThe Registerが,D-Waveが同社の量子コンピュータを使ったタンパク質フォールディングの論文の発表を報じています。元の論文はこのリンクから見られます。この論文は,色々な意味で非常に興味深い論文です。

  タンパク質は色々なアミノ酸が鎖状に繋がっているのですが,アミノ酸同志の間に引力や反発力があるので,自由エネルギーが最小になるように折りたたまれて塊になります。これがタンパク質のフォールディングで,どのように折りたたまれるかによって,タンパク質の性質が大きく変わ り,同じタンパク質がアルツハイマーを惹き起こしたりするので,どのような折りたたみになるのかを知ることは重要です。

  今回のハーバード大とD-Waveと共著の論文では,6個のアミノ酸の鎖の折りたたみ問題を解いています。しかし,アミノ酸の鎖が曲がる場合は必ず90度で,隣接するアミノ酸の間に働く力は,アミノ酸ペアによって一定という,素人の私が見ても単純なモデルで,実用上,どの程度の意味があるか疑問です。また,この6個のアミノ酸の鎖の取り得る折れ曲がりは40種しかないので,通常のコンピュータで順にサーチしても最小自由エネルギー となるフォールディングを見つけるのは容易で,計算結果自体には,学術上の新知見というような意味はありません。

  とケチを付けていますが,D-Waveのマシンのように電気的にプログラムでき,128qubitという大量(?)の量子ビットを持つ量子コンピュータは,数qubitを作ったというような研究発表と比べると, 格段に高い完成度で,高く評価できると思います。

  まず,興味深いのは,使ったチップは128qubitのチップですが,安定に動くqubitは115という点です。これが最良のチップでは無いかもしれませんが,128qubitが完動するチップの歩留りは高くないようです。微細化はそれほどでもないので,やはり,JJ素子の歩留りが問題なのでしょうか?

  隣接するアミノ酸の間のボンドを2qubitで表現しているので,6アミノ酸なら10qubitでモデルできる筈ですが,D-waveのチップでは2次元にqubitを配置する関係で,qubit間の結合が制限されています(マイナビの記事を参照)。このため,直接の接続ができない部分との接続が必要な場合は,その近くにコピーのqubitを作り,そこから接続するという形を取っています。CMOS回路のバッファみたいなものですが,隣接が増えると,バッファのqubitが多く必要となり,本当に使えるqubitが少なくなってしまいます。

  その結果,アミノ酸間の力にMiyazawa-Jerniganのモデルを使った場合は,6アミノ酸の計算に81qubitを必要としています。ということで,今の128qubitのチップでは,今回の計算がほぼ限界という感じです。

  そして,qubitの数が増えると取り得るエネルギーレベルが増え,1万回の計算の内,目的とする最低エネルギーの解が得られたのは,たった13回とのことで,量子コンピュータから何らかの答えが出ても,それが正しいかどうか検証するのに手間が掛りそうです。

  ということで,今回の論文を見る限りではD-Waveの量子コンピュータが,通常のコンピュータではできないような実用的に意味のある計算を行えるようになるには,まだまだ,時間が掛りそうという印象です。

3.Adapteva社が100GFlopsで2Wの64コアチップを発表

  2012年8月22日のHPC Wireが,Adapteva社の64コアチップのサンプル提供開始を報じています。Epiphany Wと呼ぶこのチップは,Global Foundriesの28nmプロセスで製造され,独自のRISC命令セットをもつプロセサコアを64個集積しています。チップサイズは10mm角とのことです。

 チップ全体の単精度浮動小数点演算性能は100GFlopsで,これを2Wの消費電力で実現するとのことです。64個のコアは高速の2Dメッシュのオンチップインタコネクトで結ばれていると書かれていますが,バンド幅は明示されていません。

  このチップのクロックは800MHzとのことで,各コアは2Flop/Cycleという計算になります。800MHzクロックの場合は50GFlops/Wの効率ですが,(電源を下げて)500MHzにクロックを下げると72GFlops/Wまでエネルギー効率が上がるそうです。

  そして,このプロセサはメモリ管理などのOSを動かす機能はサポートせず,単精度の浮動小数点演算用のアクセラレータという位置づけです。GPGPUよりもエネルギー効率が高く,SIMTのGPUでは効率的ではないけれど,MIMDのマルチコア向きの処理では力を発揮するとのことです。また,現在は単精度だけですが,倍精度浮動小数点演算用のチップも計画しているとのことです。

  このプロセサは独自命令セットですが,Brown Deer Technology社のOpenCLコンパイラでプログラムすることができるとのことです。

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