最近の話題 2017年12月9日

1.PEZY事件に関する私見

  PEZYの齊藤社長と元事業開発部長の鈴木さんが,12月5日に詐欺の疑いで逮捕されました。日経によれば,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2013年に公募した助成金約4億3100万円をだまし取った疑いとのことです。

  特捜部によると,2人はメモリーデバイスの開発に絡み14年2月,事業費を約7億7300万円とした内容が虚偽の実績報告書をNEDO職員に提出し,助成金額はほぼ上限の約4億9900万円に確定した。翌3月,すでに支払われた約6800万円を除いた約4億3100万円が同社に支払われた。とのことです。

  そして,助成金の上限である5億円ぎりぎりまで受け取れるように事業費用を水増ししたという容疑を認めたと報じられています。そして,詐取したお金は,別の開発に回したと供述しているとのことです。

  先ごろ,PEZYグループは性能を競うTOP500で世界4位,国内1位の性能の暁光スパコンを発表しました。また,省エネのGreen500でも1位~3位を独占するという成果を上げました。

  私の推測ですが,暁光スパコンを開発するには少なくとも50億円くらいは掛かると考えられます。これだけの資金を調達できるのだから,4.31億円を詐取することはないと思ったのですが,現在と3年~4年前では事情が違うのかもしれません。TOP500やGreen500で名前を知られるようになった現在では,出資なども受けられ,資金を集められるのですが,そのころは無名のベンチャーで資金調達は容易ではなく,やりくりに苦労していたということかも知れません。

  現在では,PEZYのスパコンは4位の暁光を始め4システムがTOP500にランクされています。PEZYが潰れてしまいこれらのシステムが保守されなければ,短期間で使い物にならなくなってしまいます。これらのスパコンを使う大学の先生や研究者は困りますし,これらのシステムを作るために支出された補助金も無駄になってしまいます。皮肉な話ですが,無駄になる補助金はPEZYが詐取したと言われる4.3億円よりずっと多いと思います。

  それより,大きいのは,PEZYが描いていたスパコンロードマップが無くなってしまい,日本のスパコン開発力に大きなダメージが生じるという点です。中国や米国の背中は,ますます,遠のいてしまいます。

  補助金の詐取というのは許されませんが,何とか,PEZYが活動を継続できるようになることを望みます。

2.TeslaがAIチップの自社開発を認めた

  2017年12月8日のThe Registerが,TeslaのElon Musk CEOがAIチップを自社開発していることを認めたと報じています。中身については一切しゃべらず,Jimが世界最高のAI用のハードウェアを開発しているとだけコメントしたとのことです。

  このJimは,AMDでZenコアのチーフアーキテクトを務め,その後,Teslaに移ったJim Keller氏です。

3.AlphaGo Zeroがチェスと将棋をマスター

  2017年12月6日のThe Inquirerが,Google DeepmindのAlphaGo Zeroがチェスと将棋をマスターしたと報じています。

  ゲームのルールだけを教え,あとは自己対戦による強化学習を24時間行わせた結果,世界最強のチェスプログラムや将棋プログラムと比べて格段に強いレベルになったとのことです。

  人間とは対戦させていないようですが,チェスや将棋のプログラムは電脳戦をみてもかなり強いので,それより格段に強いAlphaGo Zeroのチェス版,将棋版には,多分,人間は殆ど勝てないのでしょうね。

  Google Deepmindは,次のターゲットとして多数のプレイヤーが参加するゲームをマスターさせたいと考えているのですが,こちらはルールだけでなく,マップを記憶するとか,作戦とかが関係してくるので,簡単ではないようです。

4.Summitの計算ノードとなるIBMのAC922サーバ

  2017年12月6日のHPC Wireが,IBMのAC922サーバについて書いています。AC922は2個のPower9 CPUのそれぞれに2基,または3基のVolta V100 GPUを接続した構成があります。また,PCI Express 4.0とOpenCAPIを持っており,FPGAやASICのアクセラレータも接続できるようになるとのことです。なお,V100 2基の構成は,空冷と水冷がありますが,3基の場合は水冷に限定されます。

  ピーク演算性能が200PFlops程度になると言われるOak Ridge国立研究所のSummitスパコンは,V100 GPU 3基のAC922を計算ノードとして使います。また,Laurence Livermore国立研究所のSierraシステムは,V100 GPU 2基で,ピーク演算性能は120PFlops程度と言われています。

  SC17では,IBMブースでAC922サーバを展示していました。

5.QualcommがSnapdragon 845をデモ

  2017年12月7日のEE Timesが,QualcommがSnapdragon 845をデモしたと報じています。現在のスマホに使われている835の次世代のSoCです。845は835と同じSamsungの10nmプロセスを使い,全ての主要モジュールの設計を見直して,25%-30%程度性能を向上させているとのことです。この性能向上には,CPUの2MBのL3キャッシュとは別に新たに追加されたSoCのブロックで共用される3MBのキャッシュが効いていると見られます。

  また,3命令イシューのKryoコアへの移行も性能向上に聞いています。このコアは,セミカスタムの最大2.8GHzクロックのCortex-A75を4コア,最大1.8GHzクロックのA55を4コア搭載しているとのことです。

  Snapdragon 845は,Ultra HD Premiumビデオエンコーディングをサポートし,画質は最良のTVに匹敵するとのことです。

  設計全体が見直されているのですが,AI関係は8bit整数,16bit浮動小数点のサポートを加え,300%性能を向上したと言っています。しかし,AIの処理は,まだ固まっていないとの見方で,専用の回路を作るのではなく,DSPでの処理を続けているとのことです。

  Qualcommは,大勢の回路設計者をサーバプロセサのCentriq 2400の開発に回していたのですが,Centriq 2400ができたので,それらの設計者はSnapdragonに戻り,7nmプロセスを使う2019年の製品の開発を始めているとのことです。

  Qualcommにとっての不確実性は,Broadcomによる買収です。Qualcommは買収提案は蹴ったのですが,Broadcomは敵対買収に切り替えて,Qualcommを手に入れようとしています。

6.NTTの量子コンピュータは,量子でコンピューティングはしていない

  2017年1210日の毎日新聞が,12月2日の話題で紹介したNTTの常温で動作する量子コンピュータは,共同研究者からも量子コンピュータではないとの異論が出ていると報じています。

  以前の報道ではどういう原理かよく理解できなかったのですが,Qubitの状態は光ファイバの中を巡回する光子のスピンで記憶しているのですが,量子もつれは起こっておらず,Qubit間の結合はFPGAのロジックで計算されているようです。とすると,量子ビットの状態の記憶には量子効果を使ってますが,量子もつれを使ったコンピューティングは行っていないということですので,量子コンピュータは言い過ぎという感じです。

  アニーリングでエネルギー最小の状態を見つけるというのは,量子効果を使う必要はなく,日立や富士通は,ディジタル回路でシミュレーテッドアニーリングを行って最適化を行うという方法を研究し,一部,実用化されています。ただし,アニーリングは局所的なエネルギーミニマム状態に捕まってしまいグローバルなエネルギーミニマムを見つけられないという問題があります。

  これに対して,量子アニーリングを使うと,量子トンネル効果でエネルギーの高い山を通り抜けて,隣のよりエネルギーが低い谷に移動するということが起こるので,複雑な山,谷をもつ場合でもグローバルなエネルギーミニマムを短時間で見つけられるというメリットがあります。

  一方,移動距離を最小にするセールスマンの巡回経路を求める問題などでは,実用的には本当に最小でなくても,それに近い移動距離の解が求まれば十分なので,ディジタル回路によるシミュレーテッドアニーリングでも役に立つ場合が多いのです。

  NTTの量子コンピュータは計算に量子効果を使っていないので,量子コンピュータとは言えないと思いますが,現実の問題に対して最適に近い解を効率的に求められれば,実用的価値はあると思います。

  一方,量子コンピュータと言った方が,予算を獲得しやすいということから,量子コンピュータという言葉を使ったと,プロジェクトリードの山本教授も認めているようで,メディアも先走った報道であったと思われます。


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