最近の話題 2020年1月11日

1.ImaginationがAppleと新しい複数年のライセンス契約を締結

  2020年1月2日のEE Timesが,Appleへの新しいライセンス契約を締結したと報じています。AppleはImaginationのGPUの大手のユーザでしたが,2017年にAppleは自社でGPUを開発し,新製品にはImaginationのライセンスを使わないと発表しました。旧製品からのライセンス料は入るものの,新製品へのライセンスが無くなれば収入は激減で,会社の存立も厳しくなってしまいます。

  しかし,今年の1月2日にImaginationとAppleは新しい,複数年,複数製品でのImaginationの技術のライセンス契約を結んだと発表しました。ただし,これ以外の詳しい契約の内容は発表されていません。

  これを発表したImaginationのRon Black CEOの口ぶりではRay TracingをサポートしたA-Series GPUがライセンスに含まれている感じですが,ライセンス収入が2017年以前のレベルの収入と比べてどうなるのかなどは分かりません。いずれにしてもImaginationにとってはGood NewsでBlack CEOのお手柄です。

2.Intelが量子コンピュータの制御用のチップを発表

  2020年1月6日のEE Timesが,Horse Ridgeと呼ぶIntelの量子コンピュータの制御用のチップの発表を報じています。

  D-waveやIBM,Googleなどの量子ビットは超電導のループに量子ビットを記憶するタイプですが,このHorse Ridgeはシリコンの量子ドットに量子ビットを記憶させるタイプです。Intelも超電導タイプの量子チップを作っていますが,この発表から見ると,量子ドット型の開発にも力を入れているようです。

  量子ドット型は,不純物の拡散で量子ドットを作り,ドットを分離するバリアが高く,超電導ループ型と比べてより高温でも動作すると見られており,1Kelvin以上の温度で動作し,常温で動作させられる可能性もあるという研究者もいます。そしてシリコンの量子ドットはFidilityが高く,エラーが少なく,エラー訂正のための回路の追加量も少なくて済むと見られています。

  これまでに作られた多くの量子チップは,Qubitごとに状態の書き込みや読み出しの回路が必要であり,量子チップのQubitを初期化し,動作させて,計算結果を読み出すのはQubitごとに行う必要があり,大きな手間が掛かっていました。

  Horse Ridgeは初期化や読み出しの回路をシリコン基板にMOSFETで作成して,初期化や読み出しを簡単にして量子チップを使う実験の実行を大幅に効率化することができます。

  また,MOSFETが動作する程度の温度で量子ドットも動作できるようになれば,両者を同一チップに集積でき,さらに便利になります。そして常温でも動作するようになれば,冷凍機が不要になり,スマホなどの携帯機器でも量子コンピューティングが利用できるという可能性があります。ただし,マイクロウエーブの電磁界を与える必要があるなど,スマホへの適用にはまだハードルがありそうです。

3.IBMが量子コンピューティングの進歩を発表

  2020年1月8日のHPC Wire2020年1月8日のHPC Wire2020年1月8日のHPC Wireが,デルタ航空とLos Alamos国立研究所がIBMの量子コンピュータをネットワーク経由で使うQ Networkコミュニティーに参加したと報じています。

  量子コンピュータの規模というと量子ビット数で表すことが多いのですが,これだけでは量子ビットのエラー率などは含まれておらず,どの程度,実用性があるのかが分かりません。そこでIBMはQubitに加えてゲートの忠実度,ノイズ,コヒーレンス時間などを加味したQuantum Volumeという概念を提唱していますが,まだ,それほど広まってはいません。なお,IBMの53QubitのシステムのQuantum Volumeは32とのことです。

  HPC Wireにこれまでに開発してIBMの量子コンピュータのCNOTゲートのエラー率の分布のグラフが載っていますが,古いシステムに比べてエラー率の分布が低いほうに移動して,エラーが低減されていることが分かります。しかし,CNOTゲートで1~2%のエラー率ですから,これをサーフェスコードなどでエラー訂正してエラーの無い計算にしていくのは大変です。

  それでも,既にDaimlerはLiH電池だけでなく,次世代の電池として期待されているLi2S電池などのシミュレーションにIBM Qシステムの試用を始めているとのことです。


4. CerebrasのウエファスケールLSI開発の裏側

  2020年1月8日のマイナビニュースが,Cerebrasのウエファスケールエンジン(WSE)の開発の裏側を紹介しています。これは拙著の記事で,東京エレクトロンデバイスの代理店契約締結の発表の後で,Gary LauterbachCTOとAndy Hock Directorにインタビューして聞いてきたものです。

  それによると,この巨大チップを提案したのはLauterbach CTOで,Andrew Feldman CEOは巨大チップはリスキーだからダメと却下すると思ったが,案に反してそれが採用されたとのことである。

  最大も問題は熱膨張率の違いで,WSEの端子位置とプリント板上の接点の位置がずれる問題で,Cerebras側は,どのようにしているのか教えてくれませんでしたが,米国特許庁のサイトで,同社の特許を検索したら,エラストマに金属粒子を分散した材料を使うコネクタの絵が載っており,これを使っていると確信しました。

  40万個の演算コアを集積するチップですから,不良コアができるのは避けられません。しかし,同じコアが沢山あるという設計なので,冗長コアを埋め込んで置けば救済ができます。冗長コアの数は1.5%程度とのことなので,ほとんど負担にはなりません。

  データフロー的にデータ駆動で計算を行うので,無駄な演算は行わず効率はよいはずですが,本当にどの程度の効率になるかは,ニューラルネットをどのようにレイアウトするかに大きく依存すると思われます。この辺は配置配線の最適化のようなノウハウの世界で,このあたりのツールのチューニングに力を注いでいるものと思われます。

  2020年の2Q~3Qには学会発表を予定しているとのことで,どの程度の性能のものが出てくるのか楽しみです。

5. The Inquirerが廃刊に

  2019年12月19日のThe Inquirerが,廃刊を発表しました。The Inquirerのサイトは2020年3月まで残るそうですが,2019年12月19日の更新が最後となります。(実際には,その後も少し新しい記事がアップされていますが正常な活動レベルから見ると,ごく僅かです。)

  Webでの広告の減少とビジネスの方向性の見直しから,The Inquirerの出版社であるIncisive Mediaから廃刊を告げられたとのことです。

  The Inquirerは,私が業界のニュースを拾い上げて紹介するのに使わせて頂いていたメディアで,廃刊は残念です。と,同時に,明日は我が身という感じを持ちます。

  The Inquirerの編集部の皆様,永らく,ありがとうございました。



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